


その箱庭はアパートの一階にあった。 ベランダから見下ろすと、いつもと変わらないような風景が、いつも変わらずそこにあった。 時々隣のベランダから、洗濯物を干す気配を感じた。 ベランダの前には建物がなくて、日当たりが良くて、とても気に入っていた。 引っ越す日、隣に住む高齢の女性 -母と同じくらいか、少し上くらいの- が、 引っ越しちゃうのね 私は角部屋でひとりだから あなたが隣にいてくれて 嬉しかったの 音が聞こえると 安心したの また 誰もいなくなっちゃうのが さびしいわ そう言って、笑顔をくれた。 元気でね、と残して。 私は何も言えなくて、ただ、空っぽになった部屋に何か大切なものを置いていくような気持ちになって、今でもあそこに置き忘れたまま、あの風景を思い返している。